ギルガメシュ叙事詩の新たな写本が発見された

 『ギルガメシュ叙事詩』に関する新しい粘土板文書が発見され、標準版ギルガメシュ叙事詩の第5の書板のかつては知られていなかった部分が明らかになったとのことです。*1新たな粘土板を加えて改訂再構成した結果、第5の書板は以前よりも約20行ほど長いテキストになったそうです。

 

新たな粘土板の発見

 2011年、イラク北東部のクルディスタン地域にあるスレイマニヤ博物館が考古学的遺物を密輸業者から買い取りました。80~90枚の粘土板文書が購入され、その中に今回の『ギルガメシュ叙事詩』の写本が含まれていました。ロンドン大学のSchool of Oriental and African Studies (SOAS)に所属するFarouk Al-Rawi教授と同僚のAndrew R. George教授によって翻訳がなされ、2014年に"Back to the Ceder Forest: The beginning and end of Tablet Ⅴ of the Standard Babylonian Epic of Gilgameš "の題でSOASから発表されています。

 

 粘土板の特徴

 現在、粘土板はイラクスレイマニヤ博物館に展示されています。大きさは11cm(h)×9.5cm(w)×3(t)。合計6つの欄を持つ粘土板の左半分の断片であることが明らかになりました。

 この粘土板がどこで発掘されたのかは明らかではありません。おそらく、南メソポタミアの遺跡から盗掘されたものだろうと考えられています。また、その製造年に関しては、スレイマニヤ博物館のキャプションでは古バビロニア時代のものだと記述してある一方で、Al-Rawi教授とGeorge教授の論文では、これは新バビロニアの書記によって記されたと考えられているようです。*2

 表面(コラム1-2)は既知の新アッシリア時代の断片MSS H、AA、DDの写しになっています。*3今回の粘土板の発見によって、これらの既知の粘土板を並べる順序が従来考えられていた通りであったことが明らかになり*4、そしてその断片の間に生じていた空白を埋めることが出来ました。また、"izzizūma inaqqātu qišta"の書き出しで始まる改訂本がアッシリアのみならずバビロニアにおいても同様に存在していたことを示すことにもなりました。

 裏面(コラム5-6)はウルク出土の"Humbāba pâšu īpušma iqabbi izakkara ana Gilgāmeš"の書き出しで始まる後期バビロニア時代の粘土板MS ddの裏面(コラム4-5)の写しになっています。

 粘土板の内容は論文のタイトルにあるように、『標準版ギルガメシュ叙事詩』の第5の書板の始まりと終わりの部分にあたるものでした。第5の書板はギルガメシュとエンキドゥが香柏の森へ到着する場面から、フンババとの戦闘を経た後に伐採した香柏を筏にしてニップルへ流す場面までが含まれます。

 

ポイント

1. 香柏の森(Ceder Forest)の様相

 論文によると、最も興味深いポイントはフンババが住む香柏の森の描写であるようです。過去に発見された粘土板にも香柏の森の様相はわずかに記されていましたが、今回の粘土板の発見によって、そこが多種多様な動物の鳴き声に満ちたジャングルの様相を呈していたことが明らかになりました。ただし、この点に関して論文の筆者は「バビロニアの文学的想像においては」と記すことで注意を喚起しています。

 まず、ギルガメシュとエンキドゥは、レバノン杉がうっそうと茂り、その樹液を雨のように滴り落とす様子を目の当たりにします。レバノン杉はギルガメシュが暮らす南メソポタミアでは確保できない良質な建材であり、またその樹液も貴重な香料として用いられていました。メソポタミアにおけるこれらの資源の価値をふまえた上で、伝説的な土地に魅惑的で高価な資源が溢れている、という一般的な文学的モチーフが用いられているようです。*5

 さらに、そこには多種多様な動物が住んでいました。猿の甲高い鳴き声、セミの合唱、様々な種類の鳥の鳴き声がまじりあって森を騒がしい雰囲気に仕立て上げ、そうしたリズムが「楽士と太鼓奏者の[バンドにように]」、日々フンババを楽しませていました。ここにおいて、フンババは未開地に住む怪物として現れるのではなく、バビロニアの王たちが宮廷で楽しんでいたのと同じような方法で、彼らよりも野性味あふれる音楽を楽しむ異国の統治者として登場するのです。*6

 

2. フンババ討伐後のエンキドゥとギルガメシュの会話

 新たな粘土板写本では、フンババ討伐後のギルガメシュとエンキドゥの会話が状態良く保存されていました

 フンババと合う前から、ギルガメシュたちは杉を切り倒しフンババを打ち倒す彼らの行為が神々の怒り、特に神々の最高位エンリル神の怒りを買うことは知っていました。というのも、フンババはエンリル神が香柏の森を守るために置いた召使いだったからです。その召使いを殺し、森を伐採するとなれば、その逆鱗に触れることは必定です。

 そして、新たな粘土板ではいざフンババを討伐して森を伐採する状況に立たされたエンキドゥがその行為への罪悪感や後悔ともとれる言葉をこぼしていたことが明らかになりました。戦闘中には、命乞いをするフンババを前にしたギルガメシュに向かって「エンリル神がそれを知る前に彼を殺せ」と気を吐いていたエンキドゥですが、その後は「友よ、我々は森を荒地[へ]減少させた。我々はニップルのエンリル神にどう答えるべきだろうか?」と神々に背く行為への不安を述べているのです*7

 現代的な環境破壊への反省を安易に古代の詩に見出すことは非常に危険ですが、現代に生きる一読者としては身につまされる話として読むことができるのではないでしょうか。

 ちなみに、フンババが幼いエンキドゥと面識を持っていた可能性に関しては、Al-RawiとGeorgeは61~72行目―粘土板の破損が激しい箇所ですが―がこれを裏付けると予想しています。この関係性については、新しい粘土板が発見される以前から別の写本MS dd I 5 によって知られていたようです。*8 twitter等では「エンキドゥとフンババが友人関係であったことが新たに明らかになった」という旨でニュースが拡散されていますが、今回の発見のセンセーショナルの部分はこの箇所ではなく、また「友人」関係であったと言い切れるかどうかも不明です(私見では友人関係と見るのは難しい気もしますが……)。論文内では” Enkidu had spent time with Ḫ umbaba in his youth”と書かれています。

 MS dd I 5の該当箇所はA. R. Georgeが2003年に出版した”The Babylonian Gilgamesh Epic: Introduction, Critical Edition and Cuneiform Texts. 2 vols.”のpp. 606-607にアッカド語と英訳が載っています。*9この英訳の一部を日本語訳すると、(アッカド語から訳したわけでもなく、英訳にも自信が無いので誤訳があるかもしれません)

85: フンババは口を開き、話した ギルガメシュに言う

86: 「愚かなギルガメシュよ、馬鹿な仲間の忠告に従え!なぜお前は私の前にやってきたのか?

87: 来い、エンキドゥよ 稚魚、父を知らぬものよ

88: 陸亀と海亀の子供よ、母の乳を吸わなかった者よ

89: お前が幼い時に私はお前を見た しかし私はお前の近くへ行こうとはしなかった

90: …お前、私の腹に(あるいは、私の心に)…

91: [なぜ、裏切って]お前はギルガメシュを私の前に連れてきたのか?

92: そして、なぜお前はここで敵のように立っているのか?

 

となっています。*10確かに、面識を感じさせるようにも思えます。他にも、森への出立前からエンキドゥはフンババの恐ろしさを知っていて、それをギルガメシュウルクの長老達に向かって説いていますし、またウルクの長老たちは「彼(エンキドゥ)は香柏の森に通じる行路を知っている」という発言をしています*11。さらに、標準版の第八書板・第一欄6-7行では、ギルガメシュがエンキドゥの死を哀悼する際に

(6)また、獣[たちはあなたを]すべての草地に[導いた。]

(7)エンキドゥの道は香柏の森に[通じていた。]

とも語っていいます*12。これらの箇所もエンキドゥとフンババの関係を示しているのかもしれません。

 論文の筆者はさらに「彼の領地への侵入者に気付いたフンババは、エンキドゥが家に帰ってきたに違いないと推測しているように思える。ひょっとすると、来たるべき再開の期待により興奮さえしていたととれるかもしれない。もしこれらの断片的な個所を彼らが共に過ごした過去との関連として読み取ることが正しいなら、その時、敵であるギルガメシュを連れてきたエンキドゥによるフンババへの背信行為はより一層強烈なものになる」と推測しています。*13

 

終わりに

 今回の内容に興味を持たれた方はぜひ元の論文をご覧になってください。SOASのサイトからpdfでダウンロードが可能です。論文には今回発見された書板のアッカド語訳と英訳も載っています。

 なお、私は確認していませんが、今回の発見については東洋英和女学院大学の『死生学年報2016』に研究者である渡辺和子氏が「『ギルガメシュ叙事詩』の新文書ーフンババの森と人間」という題で研究ノートを書いているようなので、より正確な情報を知りたい方にはこちらをオススメします。

 

 今回の発見により『ギルガメシュ叙事詩』に存在する虫食いの一部が満たされることになりました。空白箇所は未だ多いとはいえ、いつの日か完全な状態の『標準版ギルガメシュ叙事詩』を読むことができるようになるかもしれません。現在から三千年以上前の時代に読まれていた作品を、今でもこうして読むことができる。これはかなり凄いことではないでしょうか。『ギルガメシュ叙事詩』は生と死や友情を描く物語であり、今なおその輝きは失っていません。今回の発見で『ギルガメシュ叙事詩』に興味を持たれた方はぜひ御一読ください。

 ちくま学芸文庫から出版されている矢島文夫訳が比較的入手しやすいと思われます。岩波書店から出版されている月本昭男訳の『ギルガメシュ叙事詩』にはアッカド語以外に翻訳された他言語版も収録され、叙事詩の物語技法や構造などへの解説も付されている研究書でおすすめだったのですが、手を出しにくい価格なうえに現在では絶版になっているようです。 (追記:来年あたり月本訳の『ギルガメシュ叙事詩』が文庫化されるかも…みたいな話もあるそうなので高くて手が出せない方は少し待ってみるといいかもしれません) 

 いずれにせよ、ギルガメシュ叙事詩はまだまだ発見されていない箇所が多いために、大抵の訳文は穴だらけになっています。ぷねうま舎から出版されている『ギルガメシュ王の物語 ラピスラズリ版』は現代の読者が読みやすいように、独自の編集がなされているそうなので、興味のある方は矢島訳とこちらを読み比べて読みやすい方を購入してみるのがいいかもしれません。

 

 参考記事

http://etc.ancient.eu/2015/09/24/giglamesh-enkidu-humbaba-cedar-forest-newest-discovered-tablet-v-epic/

http://www.livescience.com/52372-new-tablet-gilgamesh-epic.html

 参考文献

・F. N. H. Al-Rawi and A. R. George (2014) "Back to the Ceder Forest: The beginning and end of Tablet Ⅴ of the Standard Babylonian Epic of Gilgameš"

・月本昭男 (1996) ギルガメシュ叙事詩岩波書店

 

 

ギルガメシュ叙事詩

ギルガメシュ叙事詩

 

 

 

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)

 

 

 

ギルガメシュ王の物語 ラピス・ラズリ版

ギルガメシュ王の物語 ラピス・ラズリ版

 

 

The Epic of Gilgamesh (Penguin Classics)

The Epic of Gilgamesh (Penguin Classics)

 

 

*1:標準版は新アッシリア時代に増補改訂され最終的な形をとったものを指します。『ギルガメシュ叙事詩』はシュメル語の伝承をもとに古バビロニア時代に成立し、中期バビロニア時代を経て新アッシリア時代に完成しました。また、フリ語やヒッタイト語など他言語に翻訳されたものも存在しています。

*2:http://etc.ancient.eu/2015/09/24/giglamesh-enkidu-humbaba-cedar-forest-newest-discovered-tablet-v-epic/

*3:粘土板の記号は元論文に従っています。

*4:バラバラになって発見されるために、該当箇所を記した他の写本が存在しない場合にはその並び順ですらはっきりとはしないのです

*5:F. N. H. Al-Rawi and A. R. George 2014, p. 72

*6:F. N. H. Al-Rawi and A. R. George 2014, p. 74 

*7:F. N. H. Al-Rawi and A. R. George 2014, p. 83

*8:F. N. H. Al-Rawi and A. R. George 2014, p. 74

*9:SOASのサイトからpdfをダウンロードすることができます http://eprints.soas.ac.uk/1603/

*10:A. R. George 2003, The Babylonian Gilgamesh Epic: Introduction, Critical Edition and Cuneiform Texts. 2 vols., pp. 606-607

ちなみに、月本訳では「お前が幼い時」が「お前はこわっぱだから」と訳されていたりもします。同じアッカド語から訳していても、研究者によって解釈が異なっていたりします。

*11:月本昭男 (1996) ギルガメシュ叙事詩岩波書店 p.34

*12:月本昭男 (1996) ギルガメシュ叙事詩岩波書店 p.95

*13:F. N. H. Al-Rawi and A. R. George 2014, p. 74